2013年11月21日木曜日

お母さまをヨガに誘ってみては

母からみかんが送られて来ました。

ご存知の方も多いと思いますが、私の母はちょうど1年程前に過労から脳出血で倒れ、一時は命を落とすか、半身麻痺になるかと言われていたのが、奇跡のように快復し、お陰さまで一人暮らしもそれほど不自由無くこなせるほどになりました。

超高齢者社会と言われる昨今、私もまだ息子が成人するまでまだまだあるし、まだ60歳そこそこの親の介護や老後の心配をすることになるとは全然先だと思っていました。
母が今元気で過ごせているのは、若い頃スポーツをしていたからと、30年近く続けて来たヨガのお陰に他なりません。
ヨガは、エクササイズや有酸素運動とは違って、どこをどう動かしどう使い、それが自分にどのような変化をもたらすかということを意識化しながら行います。
それはむしろ腕や足を動かす事よりも、身体の中をどのように使うのかに重きが置かれます。

ストレスが多いと、それは慢性でも急性でも、人は多かれ少なかれ「解離」という、自分の今の状況から意識を切り離す事をして、ストレスを感じないような防御反応を取るようになります。クラスの中でも、よくそういう場面は見受けられます。
ヨガのアサナをすることは、日常とはまったく違う刺激を与え、身体にストレスをかけているとも言えるからです。たとえ気持ちが良いと感じていても、その刺激に意識をすべて取られてしまうのはよくありません。
知らないうちにどこか一カ所に力を加え過ぎていたり、呼吸が止まっていたり、何か別の考え事を始めてしまったりし、怪我に繋がったり、神経が過敏になってしまったりします。結果、感情だけが先走り、全体がわからなくなってしまいます。

ご高齢者の方の様々な問題を見聞きする度、 これと同じ反応が起こっているのだろうなと考えてしまいます。

適切な誘導によって、一カ所に向き過ぎ、切り替えが出来ず滞ってしまいがちな意識を徐々に全体を捉えられるように広げ、身体の各パーツ、感情、思考、呼吸、それぞれをオーケストラのように指揮して調和するよう自分で導いて行く練習がヨガです。
そこには必ず成果と変化と身体的、精神的に余裕が生まれます。

年齢を重ねると、変化を怖れるようになったり、交友関係や視野をわざわざ狭くしたり、 過去に想いを馳せる時間が長くなったり、また、何かをきっかけに自分の身体を使う事に必要以上の不安を感じる方も多いようです。そしてその殆どはご本人もよくないと思っていらっしゃるけど、どうしようもないと葛藤されている事のようです。

私は、母がヨガをしてくれていたことにどれだけ感謝したかわかりません。
もしかしたら、今ヨガインストラクターを続けられず、母の介護と、もっとまともな安定した収入を得るための別の仕事で毎日終わってしまっていたかもしれないのですから。

だから思います。
今ヨガの恩恵を受けている世代が、自分の親世代をヨガに誘ったら、将来どれだけそのことが自分やご家族を救うことになるかなって。

行政等はなかなかまだ正式には予算が降りず、ヨガ自体も様々なものが乱立しているので理解されにくく、実際民間で、それもボランティアに近い形でしか継続が難しいケースも多いようです。
ホスピタリティや、共感力は資格ではまかなえない部分が多いですけれど、制度自体は今後先の見えない高齢者社会へ向けて、整えていって欲しいなと思います。


 私のクラスには母娘で参加される方も珍しくなくなって来ました。
母が誘うのか、娘が誘うのか。
母と大学生の息子さんという私にとって憧れの親子さんもいらっしゃいます。
どちらにしても「あ、ここは大丈夫」と勝手に思ってしまうのです。

父親を誘うのはかなりハードルが高いかもしれません。
今までにパートナーヨガなどの企画を何度も行いましたが、皆さんパートナーを連れてこられるのも苦戦していました。
だからお母様をヨガに誘ってみては。
私も自分の母親と自然に一緒にヨガをするにはどうすればいいか、それよりなによりもっと会いに行ったり話をしたり聞いたりしなければ、と真剣に思う夜なのでした。

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